2010年01月20日

取り敢えず身辺整理。

パスワードを思い出すのに2時間掛かりました。
posted by kide at 22:23| Comment(28) | TrackBack(1) | 通常業務 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月29日

せめて特捜の段ボールになりたい。

今日は二日酔い&口内炎の悪化で外に出たくなかったのでDVDをぼんやり観ながら引きこもり。

木村拓哉が出てた検事モノのドラマ「HERO」を、1巻から借りて観てました。



これがまあまあ面白いんですが、製作は2001年なんですねこれ。

当時私は高校生。リアルタイムで観ていたら果たして何に憧れていただろうかと。

司法か、俳優か、キムタクか。



いずれにせよ絶望的な選択肢だなぁとか思う。

――――

まあどう考えても司法に憧れるわけでしょうが。
いいですよね特捜。巨悪を退治!かっけー。

まあそんな理想への燃え方もあったかと今更ながら…


大学院入試の季節のようで、寮の引きこもり友達がいそいそと全国のロースクールに受験に行ってます。

法科未修は成績・適正・論文だけみたいで、大学入った頃から頑張ってりゃ意外と行けたかなという気もしなくもない。
ま、勉強する甲斐性なんてそもそも持ち合わせてないけれど、「単位なんて取れりゃいい!」という考えの下にテキトーに授業を受けてたおかげで壮絶な成績評価。今からじゃまず無理。


――――

しかし、ローは入ってからが大変な様子。
当然ガツガツ勉強するし、新司法試験を受けることが出来るのは5年以内に3回まで。もともとの制度設計時点では合格者8割みたいな記事を、制度スタート前に読んだことがあるんですが、現実は3割弱。このままじゃ、司法試験の受験資格を失った法科修士が量産されるという噂。


そして、量産された法曹に仕事が無い!という現実。グローバル化によって予期される「訴訟社会化」に備え弁護士を増やす、というのが新試の理念だったわけだけど、実際には訴訟が増えてない…。


純粋に不安だよね将来。

――――

そういえば、寮の別の友達は現役時代に旧司法試験に合格して現在司法修習中。あと半年で東京に戻ってくる。
こちとらまだ大学生だというのに。。

うーん。彼は勝ち組。私は負け組。




努力って大事。
posted by kide at 21:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 通常業務 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月28日

理想と現実と。

建前と現実。


まあどっちも大事なんだけど、別に対立する概念じゃない。
要は下部構造が上部構造を規定するという話。ちょっと違うか。

現実をコントロールすることは大切だけど、それは建前なんてどーでもいいということではなくて、建前こそが現実をコントロールする指針なんだと考えなければ。


――――

裁判員制度の開始まであと半年。裁判員の候補者には、今週末に最高裁から書類が届くそうだ。


今日のお昼のワイドショーを見ていて、胡散臭いコメンテーターが「私絶対行かないわ」とか言ってるのを見て若干の苛立ちを覚えた。



制度の理念は実に真っ当なもの。司法・立法・行政という3つの権力のうち、市民が参加できるのは立法と行政だけ。
司法は日本最難関の資格である「司法試験」を突破した者だけしかコミットすることが出来ない極めて閉じた権力だった。


裁判に参加し意見を反映させることは市民にとって義務ではなく、民主主義的な権利なのだ。


もちろんそれは建前だし、現実に参加することが極めて困難な人もいる。そういう人は、それが得難い権利であることをよーく考えた上で、
その権利を放棄すればいい。「勤労の義務」も当然大事。



裁判員制度は「民主主義の建前」を元にしたシステム。それは社会の根幹に関わる重要な建前で、根が弱い日本の民主主義をしっかり根付かせる、遅れてきたチャンスなように思える。

日本人は自らの社会の仕組み、あるいは業の深さを知らなさすぎる。権力は常に「社会を揺るがす異物」を排除してきた。「自分の判断で誰かの人生、あるいは生死を決定するのは怖い」なんて甘ったれたことを言って、責任を取らずにその果実だけを手に入れようなどと虫が良すぎるというものだ。



制度設計の問題はまた別の話。

まだ制度が動き出したわけでもないので評価するのは早計だと思うが、少なくとも有罪・無罪すら合議制で、全会一致ではないというのは危うい気がする。

――――


国民の権利であり義務である「教育」は、建前を最も重視すべき分野だと私は思う。

そもそも教育というものは「理想」を教えるもの。理想を学びそれに準拠することで、人は実社会という現実を前にした時どう生きるべきかという指針を得る。

だから、教育機関は「建前≒理想」に何よりも忠実でなければならない。
で、このニュース。


前橋工大が無断引用 岡山大の教育理念 発覚半年後に公表、学長謝罪

 前橋市立前橋工科大(江守克彦学長)が学生便覧に掲載した「教育理念」を、岡山大の教育理念から無断で引用していたことが二十六日、分かった。前橋工大は教育理念をあらためて作成し、学生らに説明する方針だが、問題を市に報告して公表したのは、学内で五月に発覚してから半年後だった。

 江守学長は二十六日の会見で「教育機関として誠に遺憾」と謝罪。公表の遅れは「新しい理念作成に精力を注いでいた」と釈明した。高木政夫市長も「大学設置者として岡山大に心からおわびする」と陳謝した。


http://www.tokyo-np.co.jp/article/gunma/20081127/CK2008112702000129.html
東京新聞web版


簡単に言うと、前橋工科大学が岡山大学の教育理念を文章ごとパクっていたという話。


謝るべき相手は岡山大学ではなくて学生だろう。
理念無き教育機関など唾棄すべき存在。
一体何のために存在しているのか。
前橋工科大学の今回の事件は本当に最悪。



…なんだが熱くなってしまいましたが、もちろん別に前橋工科大学それ自体が悪いわけではないです。問題なのは、「建学の理念」、つまり建前というものを軽視していること。
その学校が何のために存在しているのか、というのは、本気で考えれば自ずと解るはずです。

本気で理念のない学校なんて存在していないはず。いやそうであってほしい…。


――――




なんだかエントリーがネガティヴ続き。
ビタミンが足りないんですかね。うー口内炎が痛い。


彩シリーズ第2弾。そろそろ卒業が迫ってきたので、学生最後の作品をつくろーかと思います。ドキュメンタリ映画。3月までに完成するのか?

もはや旧式メディアか…。

というわけでDVテープの塔。
posted by kide at 01:01| Comment(8) | TrackBack(0) | 通常業務 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月26日

爆問学問、早稲田編。

昨日やってた京大スペシャル。

バイト中にチラ見してたらけっこー面白そうだったんで、今日の早稲田スペシャルを見てみた。







まーつまんないねどうも。


議論が浅いレヴェルで上滑りしてしまっている、かな。

田原総一郎が言っていることなんてのは出発点に過ぎない。明確な「敵」なんてものが存在しない社会(あるいはセカイ)において何を以って判断し、どう振舞うべきか。それがさっぱりわかんねーよというのがビビットな論点。
昭和と平成の違いなんてのは誰でもわかっとるわと。

平成世代の記憶にない「田中角栄」とか「連合赤軍」とかそういうイメージを引っ張り出してくるのは根本的にセンスが無い。
もっと本質的なのは地下鉄サリンを、9・11を、アキハバラを語ることなはずだ。


京大のときは「学問(=科学)とは」という、教授にとっての存在証明が問われていた分ガチンコで面白かったんだけど、今回は学生の温さもあってなんかなーなーな印象。



――――

ただ、「個性」という使い古されて求心力を失ってしまった概念に再び光を当てて「そんなに無価値なもんでもねぇよ」と再評価するというのは少し面白いかな、と思った。


現実の平成世代を覆うのは「絶望的」な将来展望であり、突破すべきなのはその「絶望」そのもの。
そしてそれを「突破」する力というのは、出る杭は打たれる世の中でも敢えて達成を目指す「個性的な表現」、そう簡単には届かない相手に自らの表現を届けようとする試行錯誤の努力にある。

とこういうメッセージが読み込める。


そういう意味で、「在野精神」という思想的背景のある早稲田で「突破力」を論じた必然性はあるし、東大・京大でやってきた番組企画を早稲田でもやる意味はあったのかもしれない。





しかし、在野精神ってそういう意味だったのか。
我ら「自由の殿堂」には見る影もない…。


ここのところ彩が少ないので、こないだ観にいった岡本太郎の「明日の神話」を脈絡なくUP。

明日の神話


構図はダメダメですが、1枚しか撮れなかったので。
渋谷の井の頭線のりば近くで観れます。


「明日の神話」。…昭和(あるいは20世紀)の遺物とも言えるし、現代に必要な突破力とも言える作品ですな。





うまくまとまった?
posted by kide at 00:25| Comment(8) | TrackBack(0) | 通常業務 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月19日

元次官襲撃事件と攻殻についての走り書き。

元次官襲撃事件について語らなければならない。


――――

昨日今日にかけて、かつて年金制度の設計に関わっていた元次官とその家族が、連続して襲撃される事件が発生した。


被害を受けた両者の共通経歴から、年金絡みのテロリズムだという見方が浮上している。



年金が焦点なのではないかもしれない。単に怨恨なのかもしれない。捜査撹乱のための2次的な犯罪かもしれない。もっと端的に、ただの偶然かもしれないのだけれど、テロである可能性もまた排除できない。



マスコミ的な報道情報を元に事件の裏側を邪推しようという意図は特に無い。めんどくさいし。


このブログがこの事件について「語らなければならない」理由は、もちろん「攻殻機動隊SACとの類似性」という論点にある。


――――

「攻殻SAC」をまあ簡単に言うと、

「薬物認可を巡る政府の判断に疑問を持ったひとりの若者がテロを起こし真相を暴こうとするが、ある有力な厚生族議員がその事件を利用し巨額のカネを稼ぐ疑獄事件へと発展。一度はその展開の醜悪さに口を噤んだ若者がその事件の深層を明らかにするため再び動き出す」

とそんな感じ。
これら一連の「笑い男事件」を追いかける公安組織が主人公ではあるんですが。



このあらすじではわからんとは思うが、今回の元次官襲撃事件と、この作品の類似している点は、

「厚生(労働)省がターゲットになっている点」
「ターゲットが著名人ではなく実務的な人間」
「犯行声明がない点」

そして、薬品の許認可を巡る疑惑なんかよりもっとダイレクトな「年金」という莫大なカネの動く分野が焦点となっており、キナ臭さを加えている。「テキトーに管理したせいで良くわからない」なんて状況では、疑いの目を向けたくもなる。



今回の事件に「アオイ君」的な人間が関与していたと仮に(あくまで仮に)想定するならば、

厚労省内部に何らかの疑獄が存在し、
それを暴くために元次官を襲撃した。
そして、目的があるならば今後何らかの「展開」があるはず。


模倣犯による犯行声明が出てくる可能性もあるか。

いずれにせよ、隠れた現実があるならば、吉原健二氏が何を語るかということにとりあえず注目だろうか。
関係者を消しているのか、あるいは関係者を脅迫しているのか。


なんだか週刊誌みたいな話になってきたな。。




「事件の裏側を邪推しようという意図は無い。」といいながら、結局それをせずにはおれない。

それはトグサの言葉を借りるなら、「文学は現実を模倣する。だったらその逆だって」という欲望。
なんだかんだで「笑い男」を渇望する自分がいるとすれば。

この事件が攻殻と似かよった展開をした場合、フィクションと現実、どちらが先にあるのか。
「現実が虚構をを模倣する」という「虚構」を模倣する、という振る舞いを「現実」が、一部の人の意思にはお構いなく行うならば、「現実と虚構の区別がつかないガキ」といった言説はあまり意味が無くなるのではないか。

確かに、現在の現実は可能性に開かれており、既に記述された物語は閉じているが、それだけの違いでしかない強度的に等価なものと認識されるようになるかもしれない。




まあ正直、うまいこと言ったなんて書いてる自分も思ってはいないです。あー随分先走ったこと書いたな。
今回の件はどちらかといえば、秋葉原事件に接続する可能性があるのかもしれない。

家族を狙うということは普通じゃない。これが本当に同一犯によるテロ行為ならば、相当な害意がある。とても義侠的精神などではあり得ない。
強烈な利害関係か、あるいは無差別か。


なんにしろ、人死にが出ている時点で全く支持できないわけです。
極めて醒めた気分で今回の事件を見ていくことになるだろうと思います。クールじゃないよ全く。
posted by kide at 23:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 通常業務 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

無責任に憂さ晴らし。

「人間関係なんてどうでもいいや」と割り切ったら、随分ラクなもんだなと思っていたけれど、そういう無責任はいつか必ず清算を迫られるのかもしれない。



――――

極めて主観的な人間関係の話。


「KY」なんていう言葉が流行るずっと前に、みんな既に「空気を読め」という脅迫に疲れていて、もっと楽にコミュニケーションしましょうよ、という「空気」になっていた。

その後は、いわゆる「空気の読めない発言」をマイルドに潰すスキルが重用されるようになった。共時的なミステイクを通時的に「流す」という処理によって、コミュニケーションは「空気の脅迫」から逃れることが出来たように思う。



しかし、コミュニケーションがラクになったというのは勘違いだったのかもしれない。

個人的な状況で言えば、大学という狭い空間でいちばん上の学年になった結果、無思考なコミュニケーションを後輩たちに暴力的に押し付けていたような気がする。



ま、そんな気がするだけなんですが。

人は大なり小なり人間関係の失敗を抱えているもんだけど、それはどーやってフォローすりゃいいのかよくわかんないね、って話。


映画みたいにはいかないよねほんとに。
posted by kide at 06:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 通常業務 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月14日

定額給付金が待ち遠しい。

デジタル一眼が欲しいんですが、予算が足りないんですよね。



――――

毎日毎日、この話題で持ちきりですな。

一人暮らしなので1万2000円。手に入れたら、日本経済のために全力で使いたいと思います。


街頭インタビューで「貯金します!」って答える人が多いけど、それは果たして本当だろうか。。
なんだかんだで使ってしまうような気がする。

「全く評価しない」という意見が大勢で、さも「天下の愚策」「地域振興券の再来」みたいな扱いですが、ソーシャルデザインのプレイヤーが頭悪いわけないんだから、もちっと肯定的に思考してみてもいいのではないかと思います。


――――

今回の定額給付金制度の要点は、「バラマキ減税」ということ。


いったん集めた税金をわざわざ返金するなんて無意味!無駄なコストもかかるのに。無思考にお金をバラマイテイルとしか思えない!で、消費税増税?ふざけんな!というのが世の論調。というかテレビの論調。


――――

前向きに考えてみよう。

とりあえず、「減税」は素直に評価できるんじゃないだろうか。
しかも今回の「全国民一律1万2000円(老若は2万円)」システムは垂直的平等。高所得者は辞退すると仮定すれば(まあ別に辞退しなくても大差ないけど)、格差社会の時代には的確な減税方法だと言えるだろう。



そして「バラマキ」の問題。

まず、批判の中心にある「バラマキ」はそんなに悪いことなのか。
そもそも政府が行う景気対策は常に「バラマキ」でしかあり得ないでしょうそもそも。

景気対策というのは、簡単に言えば「世の中の金の巡りをよくすること」。
利下げとか買いオペとかやるのは日銀。じゃあ政府は何ができるかといえば、公共事業投資の拡大とか、とにかく金を市場で使うことしかない。


だが、今の時代は公共事業投資で効果的な景気テコ入れが期待できるほど単純な仕組みにはなっていない。
世界的には大恐慌以来の危機といわれているが、ニューディール政策的に無駄な道路作っても、少なくともハコモノ行政を散々叩きまくってきた日本国民の理解は得られないだろう。


そういう意味で、平等性が金額として見えやすい「給付金」なる制度は、まあある程度の妥当性はあると思います。少なくともいらないダムとか作るよりは有意義。



その給付にかかる中間コストの問題。

これは大した問題ではない。なぜなら政府の景気対策は、要はお金を使うことだから。中間コストもバラマキの一環と捉えればいい。幸い郵便局も民間だし。かかるコストの一部は公務員の収入になるわけだし。

とはいえ、彼らは生活が安定していてバラマキ対象として不適格なのは確か。
ベラボウに高い彼らの時間外給与を支払うのが自治体だったりすると確かにちょっと問題あるかなという気もせんでもない。
普段9時5時なんだからたまには働けよ!って感じですな。(偏見)





とまあこんな感じでしょうか。

1万2000円というのは焼け石に水、というのは確かにそのとおりなんですが、まあ2兆円程度の財政支出なので本格的な効果はそもそも期待しちゃいないでしょう。海の向こうでは特定企業に15兆円出動したわけですから、それに比べりゃ大したことではない。

景気対策というのは別に「不景気」を「好景気」に変えることではなくて不景気をソフトランディングさせるためのもの。
国民消費のレベルで、「定額給付金も入ることだし今日は発泡酒じゃなくてビールにしようかしら」と思ってもらえればそれで成功だろうと思います。
一番厄介な事態は、消費者が過剰な生活防衛に突入してしまうことだから。

そういう意味で必要なのは、制度自体の「フットワークの軽さ」じゃないかと思います。状況が進行すれば、それこそ焼け石に水です。


――――

消費税の問題は全く別の話ですよね。

そもそも消費税の導入は将来確実に行われる見通しだったし、世論調査の結果を見ても「消費税導入」に対する賛成・反対はほぼ拮抗している状況。

何もこのクライシスど真ん中で言わんでもいいだろという気はするけど、国民も覚悟を決めなければならんということでしょう。


しかし10%はちと重いか。



定額給付金が「垂直的平等」ならば、消費税は「水平的平等」の税制。そういう意味では、今回の同時発表は確かに「アメとムチ」のセットで考えることができます。

格差、格差というこの時代に、「水平的平等」の消費税増税とは何事か!という意見も散見しますが、もともと日本は所得税と企業負担が税制に占める割合が高い国。バランスから考えれば消費税を上げるしかないでしょう。


この所得税中心の税制が日本を「もっとも成功した社会主義国家」と言わしめた要因のひとつだったわけですが、そのシステムですら格差の発生を抑えられなくなっている。
しかし国家も破綻気味。

うーん、お先真っ暗。





みんなで宇宙行こう。
posted by kide at 00:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 通常業務 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月12日

田母神論文問題の論点。

久しぶりなんで連投。


――――

田母神元空幕長が民間の懸賞論文に応募し、賞を受けた問題。

起こった出来事は明快なんだけど、問題へアプローチする視点はいろいろあって混乱しちゃいますね。



まず、田母神氏という思想的偏向を持った人間が自衛隊の要職に就いていたという点。

彼が言うように、「表現の自由」は保証されてしかるべき権利ではあるし、思想・信条によって「職業選択の自由」を制限するわけにはいかない。
とはいえ自衛官は公務員なので、一定の制限は可能。


して、今回の件はどうなのか。
何らかのカルト的宗教集団に所属していた、なんていう場合ならば話は早いが、第二次大戦における日本の軍事行動を正当化する「近現代史観」が自衛官としての思想的許容範囲を超えたものだ、と判断するのはきわめて微妙なライン。裁判になったら弁護士の腕次第でどっちにも転びそうなところではないだろうか。


「第二次大戦における日本の行動は正当性のあるものだった」という言説自体はそれほど珍しいものではないし、ある側面では正しい部分もある。
それに、どこまで踏み込んでいるのかにも拠るが、あくまで「歴史認識」の問題であるから懲戒免職処分にするのは難しいように思う。。



次に、自衛隊のシビリアンコントロールについて。

それが「歴史認識」の問題だとしても、もちろん彼の「政治的信条」は透けて見えるわけで。彼みたいな存在が自衛隊のトップに居るというのは困る。
しかも隊内の人事・教育を握られている。
それは自然、組織全体が偏った思想を再帰的に醸成するということ。


自衛隊というのは要は軍隊なのだ、ということを改めて認識することが重要なのだと思います。
常に違憲ではないかと白い目で見られている「肩身の狭い存在」というイメージではもはやありません。放っておくと国民が想像もしていなかったような組織に変貌し、突然クーデターなんか起こしかねません。


そうならないようにするには、シビリアン・コントロールの手綱を絞るしかない。
今回の件で必要な対応は、隊内での論文募集も含め、自衛官の教育に関する決定権を武官から剥奪すること。

…そんくらいしかおもいつきませんが、ま、教育ってのは重要ですよね。



もうひとつの論点は、アパグループとの関係性。

民間企業の懸賞論文に自衛隊の高官が応募して、企業の代表者と個人的に親密なその人物が賞を得る。

誰がどう見ても出来レースですが、これはなかなか難しい問題。
懸賞論文なんで当然賞金も発生しているわけだけど、これって新手の贈収賄?

しかし、アパグループってホテル経営や不動産の会社。自衛隊とつるんで何の意味があるのか。。。
どうやら、アパグループ代表の元谷外志雄なる人間の個人的志向によるものみたいで、田母神氏とも政治的な信条で結びついていた背景があるようです。


これがもし三菱重工とかならもっと重大で判りやすい構造だと言えるんですが。。。


――――

と、こんなふうに考えていくと、一見ただのアブナイ人にしか見えないあの田母神っていうオッサンは、ファジーな部分を衝いて問題を微妙なものにズラシている賢しい人物なのかもしれんな、と思いました。




結局ただの感想かよ。
posted by kide at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 通常業務 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

容疑者Xの献身。観賞後。

観に行ったのは今月の1日。ま、映画の日は一本1000円なので、優しい目で映画を観れます。


前半は面白い予感に溢れていたような気がしたんですが、後半までは保たなかったかなと。
事件は物理とあんま関係ない。雪山は映像のインパクトの割に意味が無い。オチも美しくない。


原作ベースなんでしょうかね。まああんなもんでしょ。


しかし、冒頭の実験はなかなかおもしろかった。映像的には(無意味に)派手だったけど、まあ文系の人間から見ると不可能っぽい現象が、実は可能だということ。

常識の範囲が違う、ということがよーわかるいいドラマだった、のかな、と思います。TVシリーズ見てないけど。


あと、福山雅治はやっぱアレダナーと思いました。
posted by kide at 06:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画的な | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月09日

経済がさっぱり理解できない。

経済が大変なことになっているようですが、しっかし、政治と一緒でぜんぜん判りませんな。



米国下院で金融安定化法案が否決された時もビックリ。


それが週末に可決されたにも拘らず、明けて月曜日の世界市場がドカドカ容赦無く下がってまたビックリ。


それでも直撃を受けているわけではない日本はまだマシだーとかなんか思っていたら今日(昨日)は900円下げたって?はぁ?



――――

ここ数日、何か書かなければ、と思いながらもブログのエントリができませんでした。
というか、書いてみても自分の文章に納得ができないから投稿せずに没にしていました。


特に金融安定化法が通過した日は、「買い手にとってどんなメリットがあるか良くわからんが、証券化してリスクを分散することで、本来無い需要を創出するという理念はまあわからんでもない」みたいなことを書こうとして、結構な長さの文章を拵えたんですが、なんか嘘臭くて消去。消去。消去。。。



はっきり言ってサッパリ理解できないんですよね。東京商科大学の名前が泣きますよ。社学だけど。

まあ理解できない理由は、経済が複雑だからというよりも正直興味が無いし勉強するのも面倒。だから。


年初来安値で真っ黒になった日経新聞を前に呆然とするしかないわけです。


しかしこれまで怠慢だったことを反省して勉強しなけりゃならん、という気になったわけでもない。ここ数日で株価が2000円下がったというような具体的な衝撃は受け取っていながら、それは一体なぜなんだろう、ということがあまり気にならない。
理解できない現実を前にして好奇心の食指が動かないとはこれどういうことか。


暫定ですが、経済システムそれ自体、あるいはそれを動かすプレイヤーが全くかんかん胡散臭いし信用ならないということでしょうか。

まず彼らの理屈が信用できない。どれだけずらされているのか見極められないほどに、論理が複雑な工程を経ている(ような気がする)ことで、実体から遠ざけられている。

そして理論を紐解いて論理を解明すると、実はほんっとに下らない現実が存在するのではないかということが怖いということなのかもしれません。

――――


日本はなんか平和ですよね。
このよくわからん状況下で、メディアからは「円高で輸出中心の中小企業がピンチ!」ってそれくらいの問題意識しか出てこない。

麻生太郎も予算審議委で「株価が700円下がってる。よくわかんない事態だ」ってよくわからんのかい!


確かに日本企業で「どこそこが危ない」みたいな話は出てこない。サブプライムの直撃は確かに無かっただろうが、しかしこのビックリ数字から考えて、何も起こらないとも思えないんだが…

単にエライ人も状況を理解できていないということなんでしょうか。

――――


社会構造それ自体にコミットする人はみんな自分なんかより圧倒的に頭がいいはずだ、というのが私がモノを考える上での基本的な立場なんですが、それは敢えて選択しているだけで、実はほんとにそうなっているとは思っていないのかもしれません。

だから、「実は下らない」現実が怖い。

――――

また消したくなりました。しかし、コレを挙げなきゃまた堂々巡りなので。。
posted by kide at 01:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 通常業務 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。